発達障害もち薬剤師の随想録

発達障害を併発する薬剤師である筆者が、ADHD気質からの多くの経験から思う事をASD気質で書くブログです

室温が氷点下の家に住む

雪国に住んでいた時、ふと古民家に住んでみたい願望が湧いてきた。

 

古民家ではない家に住んできた人なら少なからずの人が抱く願望であると思うが、いかんせん家族持ちだと家族間で揉めてしまい結局住むには至らずに終わってしまう人も多いことだろう。

 

その点、私は独り身であるので気が楽である。家賃も非常に安かった。都会のアパートの半分程度の家賃で15LDK、60坪の家に軽トラックでぐるりと一周できる200平米の庭までついてくる。

 

いや、夢のような話ではないかと最初は誰でも思う。

 

実際問題として冷房の効く部屋が1つでもあれば、そこまで困ることはない。

 

そう、冬が来るまでは。

 

古民家において住人が今後も住むべきかどうか、大いに悩むのがこの冬なのである。

 

日本は温帯でも四季がはっきりとした世界的に見ても非常に面白い気候帯に属している。春はのどかだが夏は蒸し暑く、それでもって冬は逆に非常に寒くて場所によっては大雪になることもある。

 

エアコンという文明の産物がなかった時代、最もネックになったのは夏の暑さであったことは容易に想像できる。屋根が熱を持ち、とてもではないが二階で寝ることなどできない。加えて日本の夏独自の湿気の多さも相まって不快さを増す。

 

この不快で蒸し暑い夏をいかに乗り切るかだけを考えて作られたのが古民家である。幅の広い廊下を隔てた各部屋の上部には芸術的細工のような隙間を作って家全体の風通しを良くし、熱を極力溜め込まない構造にすることによって蒸し暑い夏を工夫して乗り切ってきたわけである。

 

これが冬になると一転する。暖かい空気は上に行く性質があり、部屋の上部の隙間はファンヒーターなどで作られた暖気を見事に逃してしまう。風通しの良さは強い北風や西風のすきま風も通し家全体を冷凍庫のように冷やしていく。極めつけは熱を溜め込まない構造なので上部の隙間を塞いだとしても熱をいとも簡単に逃してしまうことだ。

 

昔はそもそも部屋全体を温める習慣がなかった。火鉢、せいぜいストーブで手など局所を温めることが精一杯であった。そもそも部屋全体を温める構想がないので暖房効率の考慮など設計時になされるべくもない。

 

朝起きると毛布が濡れている。自分の鼻息の水分が冷気で一瞬で冷やされて水になったものが付着しているのだ。

 

キッチンの温度計は氷点下、シンクを見ると凍結防止のために蛇口の水をチョロチョロと出していたため一面が凍ってスケートリンクのようなツヤが出ている。よく見るとキノコのような白い鍾乳石のようなものが出来ている。

 

水抜きをしていた給湯器からパッキンの老朽化で水が少しずつ漏れていて、一滴一滴ポタリポタリと垂れた水滴が凍ったものが一晩をかけて成長し、まるで鍾乳石のようになっていたのである。

 

お湯を沸かせば湯気は天井をつたい壁の端から端まで行ったあとに、再び降りてくるので部屋が霧で覆われたように真っ白になる。

 

飯を食うのも一苦労である。金属製のスプーンなどうっかり使えば手に張り付いてくる。慌てて軍手を使うが軍手は分厚く不器用になって食べにくいことこの上ない。そうこうしているうちに、飯は急速に冷たくなっていくのであった。

 

仕方がないので浴室の横の脱衣所に椅子とストーブを置き、食事スペースにしていた。狭いのでまだまだ暖房は効きやすい。しかし朝起きて換気のために窓を開けようとすると開かない。結露で垂れた水が凍って接着剤のように窓枠を固定しているようでビクともしない。

 

まずドライヤーの温風を窓枠に当てて溶かそうと思い立ちやってみるのだが、出てくる空気がどうにもぬるい。氷点下の室温ではドライヤーから出てくるのは火傷するような熱風ではなく、ただのぬるい風である。それでも根気強く当てていると窓枠が少し動くようになる。

 

これだけやっても指をかけただけでは動かないので、ゴムハンマーとキッチンのまな板を持ってきて窓枠に当てて一撃一撃と打撃を加えていく。

 

ズズーン、ズズーンと地響きのような音とともに家が揺れる。そして少しずつ窓が開いていくのである。

 

風呂など想像通りで、入浴しているそばから急速に冷やされていく。シャワーを一番熱い温度にして浴槽に突っ込んで追い焚きの代わりにしていた。風呂に入るのも命がけであった。

 

ふと世界的建築家の安藤忠雄氏の言葉を思い出した。

 

「住む人が闘う家」

 

住吉の長屋」に代表される彼の建築の原点となる考え方であるらしいが、言うは易しで住む方はたまったものではない。

 

しかし、こういう家に住んでいると気力や精神力が少し強くたくましくなった気がするのも事実である。

 

以前、高断熱高気密住宅に少しだけ滞在させて頂いたことがあって驚いた。真冬のトイレと風呂が全く寒くない。それどころか床暖が効いて快適そのもので真冬であることを忘れるほどであった。こんな場所に住んだら金輪際、古民家など住めなくなるだろうと確信した。

 

高齢になると古民家住まいは寒さと風呂の温度による外気温差でやられる「ヒートショック」が起こりやすくなり、急死のリスクが急上昇する。

 

年を取ってから家でも闘えというのは勧められないが、せめて若くて体力のあるうちに「住む人が闘う家」に住んでみるのも面白いかもしれない。

 

(おわり)