発達障害もち薬剤師の随想録

発達障害を併発する薬剤師である筆者が、ADHD気質からの多くの経験から思う事をASD気質で書くブログです

マムシは骨を食え!?

※注※ 爬虫類(ヘビ)に関するお話です。途中、捌いたりする描写もあるため苦手な方は読むことをご遠慮ください。

 

財布を整理しているとマムシの皮が出てきた。普通の人ならまずこんな物を財布に入れていないと思うが、実はマムシの皮には様々な薬効がある。

 

地方在住時代に自治会である壮年会の役員をさせて頂いていた。会長に聞くと役員になったら関わりやすくなるのでは?という配慮であったらしい。30歳にして壮年とは私もオッサンになってしまったのだと最近まで20代であったので少し寂しい気持ちになりながら、自治会の役員として草刈りや催し物の準備など色々と貴重な経験をさせて頂けたことは大きな財産になっている。

 

私がいた次の年で唯一の路線バスも廃線になり、ほとんど限界集落に近いような場所であった。多くの人のイメージとして、限界集落に住む人々はどちらかというとエネルギーや元気が無さそうな感覚であると思うが、実情は全く逆である。

 

むしろ限界集落であるため住人のサバイバル能力が非常に高い。地球最後の日になって都会人が全滅しても確実に生き残ってきそうなのがこの限界集落の人たちだろう。

 

そんな地球最後の日でも生き残りそうな、おおよそ鬱といったものとは無縁な雰囲気を醸し出す屈強なオッチャン達に囲まれて過ごすことになった。

 

公民館で私が主催して講師を招き、イベントを催したことがあった。地元の人達も来てくださり、講師(以前、記事に書いた旧帝大卒の私の師)の意向でイベント開催時にはその地域にまつわる伝統や習慣を年配の住人から聞き出すことが多いのだが、今回もご多分に漏れず年配の参加者もいらっしゃったのでお話を伺っていた。

 

すると一人の年配の男性がマムシの話を始めた。斎藤道三、ではない。他ならぬ毒蛇のマムシである。講師も私も薬剤師であり漢方に通じているのでこれは興味深いと思って聞いていたが、周囲の参加者の方々も面白そうに聞いていたので安心した。

 

この地域では昔から伝統的にマムシを利用しており、その身は天日干しにして鰻のように短冊切りにして炭火で炙って頂き、皮も天日干しにしてこれは膿んだ傷に貼るとよく効くのだと語ってくれた。いかにも昔ながらの日本人らしくヒゲや歯まで余すことなく利用する伝統的な捕鯨同様、この地域のマムシの場合も無駄なく利用しており命を無駄にする雰囲気がないのがよい。

 

軽トラックのワイパーに身を干していると、トンビが飛んできてすかさず身をかっさらっていくのだと面白おかしく話してくれるものだから聞いていて全く飽きない。

 

マムシ取りの名人は二人いて、その場にいなかったもう一人も含めて二人ともマムシに噛まれており抗毒素血清を打ってもらったことがあるという。ご本人はというと70歳を過ぎているとは到底思えないほどに肌ツヤがよく、快活な方であられた。血清を打ってもらったら普通はトラウマになるものだが、それでもなお捕りに行く精神がその逞しさを物語っている。

 

マムシの皮は生薬名で反鼻(ハンピ)と言って文字通り非常に生臭いことこの上ない。山陰地方に伝わる伝統薬「伯州散」と呼ばれる粉薬の原料の1つであり「外科倒し」と呼ばれ、膿んだ傷や寝たきりの褥瘡(床ずれ)によく効き、床ずれの場合は紫雲膏とブレンドすることもある。伯州散の他の原料はというとサワガニと鹿の角の黒焼きであり、もちろんマムシの皮も黒焼きにする。今でも通販で買えるには買えるが非常に高価であり100gで1万5000円以上はする。

 

こんな摩訶不思議な組み合わせのものがよく効くと、思いついた先人たちにはいつも頭が下がる思いだ。

 

私は伯州散の存在を知っていたのでマムシの皮が膿んだ傷によく効くだろうと想像はつくのだが、伯州散の存在など知る由もない北陸地方限界集落のオジサンがマムシの皮を見事に利用している話を聞くと、代々伝わる経験則というものは非常に大きな意味を持っているのだと感心してしまった。

 

後日、もう1人のマムシ取りの名人がマムシを捕まえたという電話を受けたので、早速車を走らせて見に行くことにした。

 

都会ではマムシを見ると人が逃げるものだが、この地域では捕食者であるオッチャン達からマムシの方が逃げることになるのだ。

 

名人のマムシの捌き方は見事なものだった。まず首の辺りからスルッと皮を剥いて身と分ける。身は近くにいくらでも生えているヨモギの葉をちぎってしごいて臭みを取って丈夫な草の蔓で吊るし、皮は細い笹の枝を打った桿を利用して靴下を裏返すように、表裏がひっくり返っている皮をスルスルと元に戻すとまるで棒に刺さった高級チクワのようになり、見事にマムシの皮のまだら模様が浮かび上がった。

 

名人は目にも留まらぬ早業で、2分かかるかかからないかという短時間で全ての工程を終わらせ、2つをまとめて「ほい、やるよ」と私に手渡してくれた。

 

吊るされている身にはまだ、毒蛇特有の三日月のごとく湾曲したマンモスの牙のように見えなくもない鋭い牙が残っている。牙が残っているけど大丈夫ですかと聞くと、牙はいわば「ストロー」のような存在に過ぎず、毒を送り込むためのものであり牙そのものには毒はないと教わった。それでも心配だったのでペンチで引っこ抜いてもらったが、本当に立派な牙が生えていた。こんなもので噛まれたら牙は衣服などたやすく貫通し、それはひとたまりもないだろうということは容易に想像できた。

 

身の食べ方は炭火で炙って味噌を付けて食えと言われた。それもガス火ではなく、必ず炭火で炙れと念を押された。尾に近い部分には臭腺があり臭いから食べないようにとも指示された。

 

住んでいた古民家には囲炉裏が付いていたので、バーベキュー用の炭を適当に買ってきて火をおこして炙っていただくことにした。

 

2センチ程度の短冊切りにして2切れまでは食べてよいと、それ以上食べると男はズボンのチャックが閉まらなくなるぞ、ガッハッハと豪快な笑いを添えて教わっていたのでそこは素直に従ったものの、あえてたくさん食べても良かったかもしれない。

 

身に慎重に慎重を重ねて竹串を刺した。うっかり自分の指も刺せば残った毒で病院直行である。専門店の鰻の蒲焼きのような形になったマムシを火を起こした炭火で炙った。チリチリと水分が沸騰し蒸発する音が聞こえ、白い蒸気が囲炉裏の上にゆらめく。それは上品な白身の川魚を白焼きにしているような非常に香ばしい香りであり、必ず炭火で焼けと言われた意味がわかる気がした。

 

マムシの毒はタンパク毒である。タンパク質は基本的に熱で失活するため十分に火を通さなければならない。

 

10分程度じっくり焼いていると、あろうことか身がなくなり、背骨とサンマの干物についている薄い皮のようなものだけになってしまった。文字通り骨と皮だけになったマムシを見て、慌てて名人に連絡すると

 

マムシは骨を食べるものだ」

 

と驚きの返信があった。名人は齢70過ぎにしてLINEを見事に使いこなしている。

 

身ではなく背骨を食べることが重要であり、骨をしゃぶるためにも味のある味噌をつけて食べることが重要であるという。それにしても脊髄を食べることが重要とは、さながら漫画「進撃の巨人」を思い起こさせるものがあるのは私だけだろうか。

 

言われた通り味噌を付けて骨をしゃぶった。味が全くしない、初めての感覚である。自衛隊のレンジャー教育の訓練で蛇を食べているシーンを見たことがあるが、同じく漫画「ゴールデンカムイ」の不死身の杉本よろしく「オソマ」こと味噌を持ち歩き、骨こそ食べてくださいと教えたい気分である。

 

マムシは継続して食していると夜目が利くようになるとも教えてくれた。夜目が利く、とは読んで字の如く暗闇でもよく見えることであるが、マムシは基本的に獲物が発する熱、つまり赤外線を感知すると言われているものの、それなりに視力も使っているのかもしれない。いずれにせよ、驚くべき知恵である。

 

一度食したくらいでは夜目が利くといったことや、ズボンのチャックが閉まらなくなるということはなかったが、強壮効果は確かに感覚としてあったという記憶が残っている。

 

その後も幾度が連絡を頂き、ジップロックを二重にしても臭いマムシの皮を喜んでもらっていくものだから随分と面白がられたようではある。他にも庭などの石積みはマムシがいたりして危険だから触る前に必ず蹴飛ばせと教わり、庭に猛毒を持つヤマカガシが住み着いている当時の我が家においては生死をわけることになる貴重なサバイバル術まで習得することができた。

 

あそこのインテリはどうにもマムシを食ったようだと噂が広がったのか、癖のあるオッチャン達には随分とよくして頂けたので、マムシの骨や皮とともに命も無駄にはしていないつもりではある。

 

(おわり)

 

<参考記事;文中の講師に関して>

 

hattatsu-yakuzaishi.com