発達障害もち薬剤師の随想録

発達障害を併発する薬剤師である筆者が、ADHD気質からの多くの経験から思う事をASD気質で書くブログです

大木奇譚

情けない話ではあるが、大学生の時に自己啓発にそれこそ今問題になっているカルトばりにのめり込んだことがある。

 

自己啓発とカルトは全く違うとは言っても、盲目的にのめり込んでウン十万円のセミナーを受講しまくって講師に貢いでいるようでは本質的に何ら変わりはない。

 

大学生でハマってはいけないのが、カルト、ネットワークビジネスそしてこの自己啓発であると強調しておく。

 

若くて純粋な時期にこういうものにのめり込むことは恐ろしいことで、自己啓発に私と同じようにのめり込んだ同志(?)の中には大学を中退する者が何人もいた。皆、難関大学に分類される大学の学生であり私もご多分に漏れず、6年生にして「大卒の資格も薬剤師の資格も要らない」と吹聴し研究室の実験も卒業試験や国家試験の勉強までも放棄して自己啓発に精を出していた。

 

卒業試験は国家試験形式の問題を朝から晩まで4日間やらされた。国家試験は2日間であるので、仮に1セット目をマグレや運で受かったとしても2セット目で確実にマグレと運の要素を排除してくるようになっている。

 

マーク式であり私の解答用紙は美しかった。それは2択の問題は全て1と3に、1択の問題は全て4にマークしていたので綺麗に縦一列に揃っていた。今振り返っても若気の至り以前の問題であり情けなく恐ろしいことである。

 

ところが私は卒業試験に合格することができた。

 

ありえない、と思って聞いてみるとなんでも大学に100%の非がある不正があり、卒業試験を受験した我々全員を一律で合格させることになったらしい。

 

同級生に「お前ほど運の良い人間を見たことがない」と言わしめたこの一件を振り返ると、この先の人生で私には薬剤師免許が必要で縁があるのだろうと信じるしかない。

 

 

なになに、タイトルの大木はまだ出てこないのか!?

 

 

もちろんしばらくしてから登場するのでここは一つ我慢して頂きたい。

 

次の年は北海道や小笠原諸島にいたので国家試験の勉強などしていない。

 

小笠原諸島にいた時、島のゆったりとしかし確実に流れる時間にどこか危機感を感じていた。

 

ホテル・カリフォルニアというイーグルスの70年代に流行った曲があるが歌詞の最後に

 

"You can check out anytime you like, but you can never leave"

 

(いつでもチェックアウトすることはできるが、立ち去ることはできない)

 

というパートがあってこの部分を今の状況に被せていた。島にいればゆったりと時間は流れていく。しかしゆったりとしていても確実に時間は流れており、年を取って内地に帰ったら帰ったで浦島太郎状態で馴染めなくなってしまうのではないかという危機感を20代後半にして感じ取っていた。

 

島で知り合ってお世話になった人に「国家試験を受けるなら20代の今しかないと思うよ」と後押しされたこともあり、島を出て国家試験を受けることにした。雨に吹き付けられてずぶ濡れになりながら、帰りのおがさわら丸の船上で雨と涙の混じった顔で泣きながらデカイ声でお礼を叫んだことが忘れられない。ちなみにこの光景は観光ツアーで同行したお客さんがGoProで撮影してくれていて後でデータを送ってくれたので今でも残っている。

 

大学受験で二浪をしていて独学は確実に落ちこぼれることを知っていたので、親に頭を下げまくってなんとか予備校に通わせてもらうことにした。

 

しかし北海道や小笠原など全国各地を巡り、様々な刺激的な経験をしてきた身には机に向かって座学など苦痛の極みでしかなかった。加えて自己啓発の毒が抜けておらず堪え性がない。ホテル・カリフォルニアの歌詞は自己啓発のことを暗示しているのではないかとさえ勘ぐってしまう。

 

たちまち通うことをやめてしまい、当時のめり込んでいた風景写真で身を立てていこうと思った。

 

まさに国家試験を捨てようとしていたこの頃に、いつも予備校に行く際に見ていたというか恐れ多くも毎日のようにペタペタと触っていた御神木の大木の側を通った。

 

樹齢800年を越えるクスノキの巨木であり、空襲の焼夷弾で焼けた跡が生々しく残っている応仁の乱が起きるずっと前から平成まで世の移り変わりを見てきた時代の生き証人のようなこの木は、真新しい紙垂がその太い幹に厳かに巻かれていた。

 

何を思ったのか御神木に近寄り、「国家試験を捨てて写真の道を行こうと思います」と報告をした。

 

その日、うたた寝をしていると夢を見た。

 

右腕を金色に輝くマムシのような毒蛇に噛まれた。パニックになっていると辺り一面がまばゆくなるほどの真っ白な服を着た男が現れて片手には注射器を持っている。

 

「助かりたいか?」

 

彼がそう尋ねるのでもちろんですと答えると、私の右腕に注射をしてどこかに去って行った。

 

目覚めるとぐったりしていた。腕だけでなく大切なものを本当に失いそうな恐怖が目覚めてもなお残っており、妙にリアルでとても夢とは思えなかった。

 

その夢を機に私は国家試験に再度挑戦することを心に決めて不退転の決意をもって取り組み、いつぞやの記事でも触れたが結果として上位10%台で大いに荒れた年の国家試験に合格できたのであった。

 

しかし、たかが夢を見たくらいで国家試験をやっぱり受けようかとなるものかと疑問に思う人も多いことだろう。

 

先程述べたように、私は予備校の通学路にある例の御神木に恐れ多くも毎日ベタベタと触っていたのだが、

 

その触っていた腕が、夢の中で毒蛇に噛まれた右腕だったのである。

 

(おわり)