大学生の頃に建築家の安藤忠雄氏の講演を聞いていたく感動して、安藤忠雄建築めぐりと称して氏の有名な建築物をいくつか見に行ったことがある。
中には事前予約が必要なものまであったが、何より驚いたのは見に来ていた若者から日本語が全く聞こえてこなかったことであった。中国語や韓国語、スペイン語やイタリア語などを話す若者が熱心に見て回っていた。特に中国語と韓国語の学生は目つきが真剣であり、非常に熱心だったのをよく覚えている。おそらく建築系の学生だったのだろう。
日本語を話す学生はあろうことか薬学部生の私だけであった。
私が氏の建築を見てはよく思っていたのが
入り口がどこにあるのかよくわからない、通路が行き止まりで不便、暑い、使い勝手が悪い
といったことであり、感想とは程遠いほとんど愚痴であった。
それは今でも変わらない。
昔からそうだった。店に行けば、暗い、寒い、暗すぎてメニューがよく見えない、(ホールスタッフの)性格がきつそう、こんなドアを毎日開閉していればそのうちアーノルド・シュワルツェネッガーになれるくらい重くて硬いと文句ばかり出てくる
最悪である。これは絶対にモテない。
さらに大人になると、周りの人にどう思われるかというイメージを考慮してなるべく表には出さないという小賢しさを身につけてしまった。
おおよそ人から好かれるとは言えない要素であるが、大切にしたい性格であると思っている。
なぜ大切にしたいかというと、安藤忠雄氏の建築に対して文句が出てきたからである。
安藤忠雄氏といえば知る人ぞ知る名建築家であり、建築会のノーベル賞と言われるプリツカー賞を、大学で専門教育を受けること無く高卒からの独学で建築を学んだ上で建築家になって受賞したという近代不世出の人である。
氏の建築物を見れば普通は
「あの有名な安藤忠雄氏の作品なのだから素晴らしいに決まっている」という思い込みがまず脳を支配する。その思い込みにより全てが素晴らしく思えてきて、目に入るあらゆる物が素晴らしいものであると一概に評価されてしまうことに繋がりかねない。
私の場合、入り口が見つけられずに腹が立ってきてまず出てきた感想が「入り口がわかりにくい」という実に素直なものであったので、当時大学生の私はなかなか良い感性をしていると思う。
どうにも知名度に左右されない物の見方ができるようだと確信するようになってから日は浅いものの、この表に出せば絶対にモテない性格には幾度も助けられている。
ブランドや知名度に左右されないということは得することばかりである。
都度文句ばかり言っているのも考えものではあるが、得てしてこういう利点もある。
何とかとハサミは使いようというが、どうにもならないと嘆く性格もよくよく向き合ってみれば使える一面が見つかるかもしれない。
改めて強調しておきたいのは彼の建築は素晴らしいものであることに間違いはなく、現存する安藤建築はほとんど全てが半世紀も経てば文化遺産になると思うし、実際に国家レベルで保存すべきである。著書も東大教授時代の講義をもとにした東京大学出版会のマニアックなものまで所有して拝読しているということを明記しておく。
(おわり)