発達障害もち薬剤師の随想録

発達障害を併発する薬剤師である筆者が、ADHD気質からの多くの経験から思う事をASD気質で書くブログです

スカイツリーに登らずとも感動

東京在住の写真家の先生のワークショップに参加する前に時間があったので、浅草の浅草寺に寄った際に周りに倣っておみくじを引いたことがある。結果はご多分に漏れず「凶」であった。なかなか出ないからかえって縁起が良いという人もいるらしいのだが、ここは凶が多く出ることで有名なので例外のように感じる。お金を払ったのにふざけるなよと一人で憤り、後日お焚き上げをするという有名な境内の凶おみくじ専用スペースにくくりつけておいた。

 

浅草といえば浅草寺花やしき仲見世通りだけではなく、近年はスカイツリーも名所になっている。前日に予約しておくと良いらしいのだがそのようなことはつゆ知らず、分ではなく時間単位のエレベーター待ちの大行列を見て意気消沈し見上げて写真を撮って帰ろうとした矢先に、地下の基礎の部分が一部展示されていることを知り(しかも無料!)、せめてそこだけは見て帰ろうと上ではなく地下へと足を運んだ。

 

極太の支柱に他の人が群がっている横で、私はというと他に誰もいない、他の人が見てもまず面白くないであろう場所に釘付けになっていた。

 

溶接の跡を飽きることなく、ずっと見つめていたのである。

 

それもそのはず、私はほんの数ヶ月前まで町工場で溶接工をしていたのだから。

 

溶接といえども一つだけではない。アーク溶接や手棒など何種類もある。例えばアーク溶接の場合はキーエンスのホームページによると、空間的に離れた2つの電極に電圧をかけていくと、2つの電極間に電流が発生して強い熱と光が出る。この光をアーク、この熱を利用して溶接することをアーク溶接と言うとある。

 

記憶に残っているものでは炭酸ガスを利用して行う時があり、私の時は設定だけしておいて機械で自動的に動かしていたが、ガスタンクが空になりガスが途中で切れるとそれは悲惨な事になった。今でも夢に見ることがあるくらいである。私はひたすら現場で身体を動かして覚えていたので、原理原則などを勉強していなかったことが若気の至りで悔やまれてならない。

 

ともかくアーク溶接の場合、私が一番驚いたのはその紫外線の強さであった。紫外線99.9%カットの透明な保護メガネ着用が工場内では必須であり、私もかけていたのだが不注意で、誰かがアークの光をバチッと飛ばすのを一瞬見てしまった。文字通り一瞬で目を逸したものの、その日は目が痛くてなかなか寝付けず、その紫外線の威力に驚いたものであった。それゆえに毎日ウォータープルーフの日焼け止めクリームを首や顔に入念に塗りこむことから一日が始まる。うっかり忘れようものなら皮膚は真夏の野外フェスに参加した後のように、いや1日がかりのフェスとは違い、ものの数分で茹でダコのように真っ赤に腫れ上がることになるのだ。

 

溶接は磨きと呼ばれるグラインダー作業がセットになるのだが、ある時スパッターと呼ばれる鉄の残りカスのようなものを除去するためにグラインダーをかけていると、スパッターの鉄が熱で溶けたものが私の首に飛んできた。

 

熱いなどどいうものではない。「痛い、痛い!」とのたうち回り、もがき苦しんだ。慌てて鏡を見ると、首から血が垂れており水で流すとなんとそこには皮膚が残っていなかった。溶けた鉄と一緒に蒸発してしまったのだろう。

 

その後、たまたま持っていた紫雲膏と呼ばれる火傷によく効く漢方の軟膏を塗り込んでいると数日のうちに治ってしまった。当時は「ああ、皮膚が無くなっている」とあまり深く考えていなかったのだが、雲仙岳火砕流の話などを聞くと、身を持って鉄が溶けるほどの温度を知っているだけに人一倍考えこんでしまう。

 

熱を利用するだけあって、その暑さも尋常ではない。屋内では真夏に至っては薄いトタンの屋根が太陽の熱を輻射してただでさえ暑いのに加え、アーク溶接の熱と強い紫外線を避けるために半袖になれずに袖を下ろし、首周りも一番上までツナギのボタンを留めて襟を立ててしっかりと保護するため相乗効果でもう暑くてたまらない。2Lのペットボトルに水を入れて凍らせておいても、工場内に置くだけで一瞬で溶けて氷水になる。滝のように大量の汗が流れ落ちて、時々熱く焼けただれた鉄の上に落ちると「ジュッ」と音を立てて蒸発していった。時折その氷水を口に含み、時に身体にかける時が至福のひとときであった。

 

それゆえにスカイツリービードと呼ばれる溶接跡をじっと眺めていると、その凄さが静かに伝わってくる。

 

まずビードが美しい。龍のウロコ、キノコのサルノコシカケのようと言えば言葉足らずかもしれないが一定のリズムで波打つ半円の曲線美が溶接技術の高さを物語っている。

 

溶接をすると悩まされるのが、金属が引っ張られて歪みが生じることである。スカイツリーは634メートルというとんでもない高さの構造物であり、基礎で1mmでも歪めば最上部では一体どれほどの歪みになるか想像に難くない。そこまで計算に入れて溶接しているのだから技術力の高さに大いに感心し、その場にずっと立ち尽くしていた。

 

何十分もそこにいたので傍から見れば頭のおかしい人に見えたかもしれないが、私はスカイツリーに登ることなく無料で至福のひとときを過ごすことができた。

 

基礎あっての高層建築物である。無料で見学できるのに皆、上にばかり気を取られて素通りしてしまう。多くの人に見て何かを感じてもらいたい非常に良い展示であると、私は今でも信じている。

 

(おわり)